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アンデラクト 〈5〉
Under Act
ピアスの男、青年を連れて、空いたテーブルに陣取る。参加者たちの多くは、既にテーブルを離れ、歓談に興じている。
青年、気持ちを落ち着かせるべく、冷たい水のグラスを手にする。半分ほど飲み、大きく息を吐く。
「何てことをした」
ピアスの男、青年を見つめて低い声を出す。
「お前が今、何を犯したと思う。我々の短い現実に、日常の現実を持ち込んだ」
「それが何だと言うんですか」
青年、倒れないように足の親指に力を入れる。
「それが何だと言うんですか。許されないのは、あなたのやったことの方じゃないんですか」
「違う、違う、そうではない」
ピアスの男の声、周囲の華やかな騒がしさの中で響く。
「俺が言いたいことは違う。現実からここに持ち込めるものは、幸福と快楽……冗談や、軽い皮肉までだ。このパーティは、楽しみに満たされていなければならない。お前はいけない。憎しみを持ち込んではならない」
青年、信じられないような気持ちになる。死角からぐうっと腕が伸びてきて、腹を殴られたような気がする。
「それは――関係ない!」
「お前はその憎しみを現実で示さなければならなかった」
「関係ない!」
青年、ピアスの男につかみかかりそうになるのを抑える。
「そんなことは問題じゃない、あなたが何をしたか、何を」
「この場ではお前の話したことの方が問題だ」
「おかしい! ここはおかしいんだ!」
「何を言う、これが本来だ。日常の現実があまりに乱れているから、おかしいと感じるだけだ」
「そんなことはない!」
「世の中は、シンプルなほど美しく、正しい」
ピアスの男、紳士の台詞を口にする。
「だとすれば、どうだ。幸福を感じる状態が本来だとすることこそ、正しいと思わないか」
「ここが本当に正しい場なら、あなたは罰せられなければならないはずだ!」
「わかっていない。お前は、何もわかっていないのだな。洗礼が効いていないのか」
青年、違う違う、と頭の中で繰り返す。そうすることで正気を保とうとした。気を抜くと、間違っているのは自分だという気がしてどうしようもなくなる。全てが無言で青年を責める。人々の笑いが耳から抜けない。
「じゃあ、どうして、あなたは僕をここに連れてきたんですか。僕にその《幸福》の味を覚えさせて、罪滅ぼしとするためですか。そけとも、薬を使った共犯者として、口止めするつもりだったんじゃないですか」
どこかでグラスの重なり合う音。
噂話と乾杯の渦から、二人は隔離されている。眼に見えない隔たりがある。それは、青年の心が作り出したものである。
「――日常の現実で」
ピアスの男、独り言のように言う。
「俺は、そう考えたのかもしれないな」
青年、深々と息をつくと、目に付いた紫色のシャンパンを手に取った。
「飲むのか」
青年、ピアスの男の問いには答えず、シャンパングラスをもう一つ取る。手は不自然に震え、グラスを倒しそうになる。
そして、片方のグラスにもう片方のグラスの中身を空ける。炭酸が一気にはじける。グラスから泡があふれ、青年の手を濡らし、床にこぼれる。暗い赤色の絨毯に、その染みは初めからあったもののように馴染む。
青年、泡が落ち着くまで十分に待って、縁までシャンパンの入ったグラスをピアスの男に差し出す。ピアスの男、唇の端を曲げて受け取る。
「ありがとうな」
青年、答えない。ピアスの男、やや上気した顔で続ける。
「もし俺がそう考えていたとしたら、成功したことになる」
「そうですか」
「お前がそのことを今、ここで言ったことが証明している」
ピアスの男、グラスを掲げる。青年、空のグラスで応じる。
「乾杯」
グラス、かち合う。青年、グラスを持ったまま手を下ろす。ピアスの男、グラスを手にしたまま飲まずに話し出す。
「そろそろ、洗礼の効き目もピークだ。お前は、少しアルコールを入れても良かったかもしれないな。あまり効いていないようだ」
「飲みません」
「まあ、いいさ。パーティが終わった後、思い返してみるといい。何も出てこないはずだ。それがもう一つの快感だ」
「そうでしょうか」
青年、疲れている。口を開くのにも、身体中の神経を使うような気がする。
「お前はここで告発した。気分がいいだろうな。しかも、そのことは後にどんな影響も残さない。スキャンダルで、俺が、あるいはお前が評判を落とすこともない。告発したこと自体も忘れてしまうだろう」
ピアスの男、熱に浮かされたように喋る。洗礼の恩恵に酔いしれているかのようである。
「だがしかし、今のお前にとっては無意味なことだ。全く、無意味だ」
ピアスの男、すっと目を細め、青年を睨みつける。
青年――もう、どうでも良かった。
「お前がこの場でいくら叫ぼうとも、何一つとして明らかになることはない。真相は藪の中だ。メモリのない機械にデータを打ちこんで、仕事を終えたとするようなものだ。雀の群も、冗談を聞けばその場で笑いもしようが、説法を聞いたところですぐに忘れて飛び立つがおちだ。お前はそれをここで話し、勝ち誇ったつもりか。この、意気地なしめ。意気地なしめ」
ピアスの男、手にしたシャンパンを一気にあおり、直後むせ返る。むせ返り、いつまでも止まなかった。
*
テレビなどで活躍する俳優約百人が定期的に行っていたパーティで、違法性のある薬物が使用されていたことがわかった。場所は、ホテルスセリの地下にある特別室。
参加者がパーティ中に突然倒れ、ホテル従業員が救急車を呼んだことで発覚。倒れた参加者は若手の俳優で、現在も意識不明の重体。薬物は参加者のほとんど全員がパーティ前に錠剤の形で飲んでいたという。
参加者が使用していた薬物は、精神を高揚させ、軽い躁状態を作り出すものであると見られている。一時的に記憶に障害を及ぼしたり、服用量によっては生命の危機に関わったりすることもあるという。
パーティ参加者は検査を行われ、一人を除いた全員が陽性反応を示した。しかし薬物の使用に関してはほぼ全員が口をつぐんでおり、またパーティ中のことは「何も覚えていない」とする参加者も複数あった。
唯一陰性反応を示したのは、重体になった俳優の所属する劇団の後輩で、初めてパーティに連れてこられたという。「先輩は、僕に錠剤を飲ませず、自分の分と合わせて二錠飲んだようだった」と証言しており、現在裏付けが取られている。この参加者は、重体になった俳優の隣で、失神した状態で発見されたが、薬物が原因ではなく、その事情は不明。時折、意識の混濁が見られるという。警察は、この参加者を重要な証言者の一人として調べを進めている。
証言者の名は、後藤誠二といった。
(2006.06.07)
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