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再会
Nos Retrouvailles

「《孝行のしたい時分に妻はなし》――」
 ロレーヌの顔を見ながら、独り言のように呟いてみた。
「それは何?」
日本の韻文だよ(ジャポネ・ヴェール)風刺的(サティリック)皮肉(イロニック)文学(リテラテュール)だ。今のは、少し変えてあるけど」
 言いながらワインを舐める。ロレーヌの目が、恨めしがっているように見える。どうもうまく酔えない。
「ブリュノ、あなた、だって全然顔を見せないのだもの。もう、半年は経ったのじゃなくて?」
「いや、まだ二ヶ月も経たない」
「十分だわ。ひどい人。女をそんなに長い間放っておくものじゃないわ」
 相変わらず口の減らない奴だ、と内心舌を打つ。しかし、久し振りの再会であることは確かだ。別に機嫌を損ねさせることはない。
「ロレーヌ、日本に来てみて、どうだい」
「どうって……あまり印象がないわ。ずっと、雲の上を歩いているようよ。訳のわからないことばかり。まさか、日本に移ることになるだなんて……」
「大学から招かれたんだ。素晴らしいことじゃないか。君には、応援してもらいたかったな」
「こんな古い家に住んで」
「友人が昔住んでいた家だ。悪く言うんじゃない」
「でも、とても居心地が悪いわ」
 ロレーヌなら、確かにそうかもしれないとは思う。ただ、文句を言われ続けるのはやはり不快だった。話題の変更を試みる。
「そうそう、《これ小判たった一晩いてくれろ》というのもある。僕らが新婚だった頃の気持ちを思い出さないかい? 短い言葉の中に、切実な思いを鮮やかに切り取っている」
「そんなの、金が欲しい(ジュ・ヴ・ドゥ・ダルジャン)と言えば済む話でしょう?」
 ロレーヌとの再会に思い至ったことを、早くも後悔し始めていた。言い返せば口論になる。僕は自分の話を続ける。
「言語的に言えば、最も美しいのは僕らの言葉(フランセ)だと僕は考えている。しかし、文学という面から見れば、日本語(ジャポネーズ)も劣らないだろう。そうだ、今度書く論文の題目を決めたよ」
「ねえ、私、そんな話はしていないでしょう」
「梶井基次郎に《桜の樹の下には》という有名な掌編(コント)がある。これは日本の小説における一特徴を端的に描き出していて」
「もうやめて」
「ロレーヌ」
「あなたは久々の再会で感傷的(サンティマンタル)になっているのかもしれないけれど、右も左もわからない場所で一人にされた私の気持ちも考えてよ。どれだけ孤独で、どれだけ怖かったか」
「ロレーヌ、僕は今日、君と酒を酌み交わしに来たんだ。神経を逆撫でしあうのはやめておこう」
「あなたは私のことなんて何も考えていないわ。そんなことはないと、あなたはお思いでしょう。いいえ、あなたが私だと思っているのは、きっとあなたの想像の中の私でしかないのよ。自分が妻を気遣う優しい夫の役割を果たしているのだと考えているなら、それは大きなうぬぼれだわ。あなたは大好きな日本文学(ジャポネーズ・リテラテュール)とでも結婚すればよかったのよ。きっと素敵な奥様になったことでしょう」
 熱が腹から上がってくる。頭の中が煮えたぎる。ああ、僕は忘れていたのだ。ロレーヌに対して苛立ちを覚えたのは、これが最初じゃないだろう? それは長く長く、永遠のように、僕の中で渦を巻いて――
 身体の奥深くから息を吐き出す。興奮に舌がもつれないよう、ゆっくりと言う。
「桜の下の死体は美しい(ボー)――」
「ブリュノ?」
 立ち上がって、ロレーヌを見下ろす。
「しかし、畳の下の死体は、醜い()
 もう、何の未練もない。いくつかの工程をもってロレーヌの姿を覆い隠し、部屋の隅に立てかけておいた畳を元に戻した。作業を終えると、身体を清めるように、残ったワインを一気に飲み干す。
お別れだよ(オ・ルヴォワール)、ロレーヌ」
 こうして、ロレーヌとの四十九日ぶりの再会(ルトルヴァーイユ)は、幕を閉じたのだった。
(2007.03.19)

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