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もう泣かないで美羅ちゃん
A girl, please don't cry.
ぽかんと空の青い日に、美羅ちゃんの家に行った。まだ新しい高校の制服を着ることになった。紺色のブレザーだった。赤いリボンは外しておいた。
美羅ちゃんの家は、周りにある普通の家よりも明らかに一回り大きいけれど、二回りは大きくなかった。そこに人がたくさん来ていた。海老みたいに腰の曲がった人も、採れたての野菜みたいな肌艶の人もいて、年代はごちゃまぜだった。それでもたぶん、あたしが一番若かった。皆、黒っぽい服を着ていた。
あたしは美羅ちゃんと話したかった。でも、隅っこの方で小さくなっているあたしには、一番前でぴっと背筋を伸ばしている美羅ちゃんを見ることはできても、そこに行くことはできなかった。
あたしの予想していたのとは少し違う形で、儀式は進んだ。一人ずつ順番に前に進むと、大きな写真の前で、いかに自分が救われたか、そのために写真の中の老女がどれだけ力になってくださったか――誰もがあたしに再現できないくらい見事な敬語を使っていた――を語った。いつまでもいつまでも言葉の尽きない人も何人かいた。だから儀式は長かった。
その間、あたしはとりあえず眠りはしなかった。写真をじっくりと見て、感謝の言葉を聞き流した。老女は、美羅ちゃんによく似ていた。美羅ちゃんがこのまま上手に年を重ねれば、あんなきれいなおばあさんになるに違いないと思った。なってしまうに違いないと思った。
ここだけ忙しい世間から切り離されたように、長い長い時間をかけて儀式は終わった。あたしは人々の顔を観察した。ほとんどの頬に涙の乾いた跡があり、まだ濡れている人も多かった。あたしはただ、美羅ちゃんに会いたかった。
片付けの始まった式場で、あたしはしばらく見失っていた美羅ちゃんを視界に入れることができた。美羅ちゃんは、数人の大人と話をしていた。その様子は全く対等で、まだ十五歳の女の子には見えなかった。
あたしはおそるおそる近付いてみた。美羅ちゃんはあたしに気付かない。話の内容が漏れ聞こえる。あたしにはわかりそうもない、難しそうな話だった。実のところ、そんなに理解しようとは思っていなかった。ただ、美羅ちゃんはやはりすごい子だな、と何度も感じた。
その内、ふとした拍子で、美羅ちゃんがあたしの方を向いた。あたしはつい手を振った。ああ、と言う形に美羅ちゃんの口が動いた。
美羅ちゃんは、大人の人に何か二言三言告げて、あたしの方にやってきた。美羅ちゃんは、近くで見ると割と普通だった。目が充血している様子もない。
代わりに、美羅ちゃんはいつもよりもっと美しかった。薄い化粧で肌は透き通っていた。髪には一筋の乱れもなかった。まるで人間でないように美しかった。あたしはとりあえず、お母さんに教わってきた挨拶を述べることしかできなかった。
でも、あたしの聞きたいことは別にあった。美羅ちゃん、今度は美羅ちゃんが教祖様になるの? 美羅ちゃんが神様に皆のお願いを伝えるの? いっぱいの人を助けるために、毎日瞬きもせずにお祈りをするの?
それは言えずに、あたしはうつむき加減に美羅ちゃんと話した。美羅ちゃんは、ぽつりぽつりと相槌を打つだけだった。それが的確なタイミングなので、あたしは他に何も言えなくなる。話すことに困り、あたしは「いっぱい人が来てくれて、よかったね」と言った。
すると美羅ちゃんは、急に顔を動かして、あたしを覗き込んだ。まんまるな眼が、渦を描いてあたしを吸い込もうとしている気がした。美羅ちゃんは、ゆっくりと、噛んで含めるように言った。
「でも、私はだから悲しいわけではないのよ」
どうしても言わないではいられない、というようだった。
美羅ちゃんの言葉は、いつものように、あたしの少し先にとんと落ちた。でも、あたしはそれを拾うことができたと思う。
「そうだね、そうなんだね」
あたしは、いきなり美羅ちゃんの手を握った。そういえば、今まで美羅ちゃんに触れたことがあったかな、と思った。美羅ちゃんは、戸惑う様子もなくあたしの手を握り返した。
美羅ちゃん、ほら、今は誰も美羅ちゃんを見ていないよ。あたしも空を見ているよ。ねえ、空がぽかんと青いよね、美羅ちゃん。
(2007.06.03)
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