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シロクマポーラーベア
Shiro-Kuma-Po-Lar-Bear

 本日は、我々《シロクマポーラーベア》にご興味を持っていただき、ありがとうございます。
 我々は、ある一つの目的を持ち、その実現のために日々活動しております。
 さっそく、我々の活動についてご説明させていただきます。

 《シロクマポーラーベア》に参加される方には、まず五つの派閥に分かれていただきます。
 すなわち、《シロ》《クマ》《ポー》《ラー》《ベア》です。
 五つの派閥が競い合い、そのトップに立った派閥が《シロクマポーラーベア》全体の代表となるのです。

 先程申し上げました派閥名、《シロ》《クマ》《ポー》《ラー》《ベア》は、それぞれの派閥のマスコット名でもあります。いずれも白くまをモチーフとしたものです。
 代表となった派閥は、そのマスコットを《シロクマポーラーベア》のキャラクターグッズとして販売することができます。その利益が、半分は《シロクマポーラーベア》のものに、半分はその派閥のものになります。
 ですから、どの派閥も自分達が代表になるべく、互いに切磋琢磨しております。

 続いては、それぞれの派閥について説明させていただきます。
 ちなみに私は、全ての派閥の取りまとめ役として、中立な立場からお話しさせていただいております。立場としては中立ですが、私の見方が介入する恐れはあります。完全でない人間として、どうしようもないことなのです。どうぞご了承ください。

 はじめに、《シロ》についてお話ししましょう。
 《シロ》は、現在の代表です。派閥への所属者数、また外部からの支持者数もトップクラスです。
 《シロ》の理念は、平等です。全ての人々の意見が反映されることを理想としています。あらゆる決定事項は、多数決によってなされます。派閥の幹部も、新入りも、保有する権利は同様です。全メンバーが人一人としての権利を持ち、それ以上であることも、それ以下であることもありません。
 しかし、《シロ》が最大勢力である現在、多数決を平等とすることには、他の派閥から批判も出ています。なるほど、他の派閥を含めた多数決を行った場合、《シロ》は絶対的に有利です。
 平等が権力を得たとき、そこに平等は残るのか。これが、《シロ》の抱える今後の課題です。

 続いて、《クマ》です。
 《クマ》の理念は、友好です。孤独な人間は、《クマ》に所属することで自分の居場所を得ることができます。潜在的な支持者は、《シロ》に迫る数だと考えられています。
 《クマ》は、全ての人々が友好的な関係を結ぶことを目標としています。外部への働きかけも盛んで、《シロクマポーラーベア》に新しく加入される方は、《クマ》をきっかけとして入ってくる場合も多いですね。その意味では、全体への功労者でもあります。
 ただ、この友好を結ぼうという勧誘が、あまりにエスカレートし過ぎると、人々に迷惑をかけることになります。興味のない人間を無理に引き込むことは、《クマ》の理念にも合わなくなりかねません。
 それでも、寂しさを抱えている人は、《クマ》からの誘いを待っているのかもしれません。

 《ポー》の理念は、変化です。彼らは、ある状態が持続することを忌避しています。物事は常に動いていなければならない、という考え方です。停滞は堕落の始まりだというのですね。
 ですから、《ポー》は現在の代表、つまり《シロ》への批判を行う筆頭です。《シロ》の考えに疑念を抱き、質問状の送付を繰り返したり、幹部同士の対談の機会を持ったりしています。そうすることによって、《シロクマポーラーベア》全体の循環材となっています。
 《ポー》に指摘される弱点は、やはりその理念の曖昧さでしょう。他の派閥があって、初めて《ポー》の活動が成り立つというところは、どうしてもあります。もし、《ポー》が代表になったとしたら? そのとき彼らは、さて、どうするのでしょうね。

 《ラー》の理念は、最も具体的とも言えるでしょう、環境保全です。特に、地球の温暖化を憂えています。北極の氷が消えれば、《シロクマポーラーベア》も消えてしまう、という内容をスローガンのように掲げています。
 その活動の透明性、行動力の高さには、外部からの支持者がつきやすくなっています。先見性も高く、世間で話題になるような問題をいち早く指摘し、対策を練り、実行しています。研究肌の人間は特に、《ラー》を好む傾向にあります。
 現在ある《ラー》の問題点は、内部分裂です。環境保全のために、人々の生活が不便をこうむることは多くあります。環境を保持するために、どこまで自分の生活を犠牲にできるか? この点で意見が様々に分かれ、結果的に《ラー》は現状、《シロクマポーラーベア》内で突出できない存在です。

 最後に、《ベア》です。
 《ベア》の理念は、個人です。《ベア》に所属する者の主張は、決して同一ではありません。彼らは、それぞれ個別の意見を持ち、派閥に捉われません。派閥に所属したくない者の派閥が、《ベア》なのです。
 ですから、《ベア》全体としての活動は、盛んではありません。意見交換会も行っているようですが、そこから何かの結論が生まれることはありません。
 《ベア》の特徴として、所属者が、ある派閥に協力したかと思えば、同じ派閥にあっさりと反旗をひるがえすというところがあります。《ベア》内部は非常に流動的で、派閥幹部も、所属者が一時的に他派閥に加わることを容認しています。他の派閥にとっては、《ベア》は数合わせのために存在する派閥です。
 それでは、派閥としての理念などあってないようなものだと考えられるかもしれません。しかし、どうでしょう。人の考えなど、変わって当たり前です。自分の意見は変わっているのに、派閥に縛られてそれを表さない方が、問題だとも言えるでしょう。

 それぞれの派閥における特徴を、少しでもおわかりいただけたら幸いです。皆様は、どこにご興味をお持ちになられたでしょうか。

 では、五つの派閥から代表を決める方法についてお話しいたしましょう。
 我々は時に話し合いを行います。
 テーマは様々で、日常の些細なことも含まれます。しかし、そのどれもが底辺で同じものへとつながっています。いかに社会を潤滑にするか、あるいは美しくするか、スマートにするか、豊潤にするか――そのために人はどうあるべきか。
 また、我々は時に戦争を行います。
 どのような戦争か。それは、申し訳ございませんが、まだ《シロクマポーラーベア》に参加されていない皆様にはお話しできません。どうか、ご想像ください。
 しかし、戦争から代表が決定されるということはありません。それは、ただの微調整に過ぎません。話し合いも同様です。世界がそんなことで動くと、本当にお思いですか。

 我々が代表を選ぶ基準は、ただ一つです。
 人心掌握。
 いかに人の心を読むか。世間を、大衆を、どのようにして掌の上に載せるのか。このことに巧みな派閥が、代表となります。これができれば、社会も世界も、どれだけスムースに動くことでしょう。
 もし、《シロクマポーラーベア》の活動が結実し、究極的な人心掌握の方法を見つけたならば、我々は世界を安定させることができます。確固たる平和をつくることができるのです。

 白くまのマスコット。大きく手を広げたり、愛らしく微笑んだり、勇ましく拳を突き上げたり、優しく目を閉じたり、静かに思索に興じたりしているマスコット達。これこそが、もしかしたら《シロクマポーラーベア》の完成形に、現在最も近いものかもしれません。人が心を許すのは、いつだって、このマスコットのようなものなのです。
 実態は、触り心地の良い毛皮の下に隠せばいいのです。鋭い牙も、真っ赤な肉も、必要ではあっても、見せることはありません。気持ちの良いものだけを見せていれば、相手は心を開いてくれることでしょう。
 マスコットを見ていると、思うのです。我々は、わずかずつ、ほんのわずかずつであっても、結実の時に近付いているのではないでしょうか。

 わかっております。
 我々の求めているものは、理想です。
 現実の対極であるところの理想なのでしょう。
 お気に召さなければ、どうぞ我々のことは放っておいてください。
 いずれにせよ、我々は、我々の《シロクマポーラーベア》としての統一理念に基づいて行動いたします。

 しかし、あなたはこの理念から逃れられるでしょうか。
 白くまのように可愛らしく。
 白くまのように獰猛に。
 これは、我々に限ったものでしょうか。
 何であっても、同じことだと思いませんか。
(2007.04.27)

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