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モルジアナ 02
Morgiana -2-

 話を戻しますね。ただ一人、難を逃れた頭はびっくりですよ。仲間たちが、ひどい、むごい姿に……いえ、これはもういいですね。
 アリババへの復讐心に燃えた頭は、アリババの甥と親交を持ちます。そして、やがて、アリババの家へと招待されます。アリババはまぁ当然ながらまったく勘付きませんでしたが、モルジアナは客の正体に気づき、ベールを被って――
 え? ああ、わかりましたか。そう、ここで私の出番がきたのですよ。モルジアナと踊り子たちは、アリババと客人の前に出ていきます。
 モルジアナは――もう劇の話にしてしまいましょうか。モルジアナ役の彼女は、ボール紙で作った剣を腰に据えて、あでやかに――というのは私が今思いついた表現ですよ――舞いながら、ゆっくりと頭に近づいていきました。はい? ああ、そうなんですよ、不思議なくらいよく覚えているのです。彼女の、このシーンがとても印象深くてね。
 モルジアナと踊り子は、輪になって踊っていました。彼女は偶然私の隣、そう、ちょうど彼女の右目のほくろが見える位置にいました。そして、彼女の目は怖かった。さっきも言いましたけれど、怖かったのですよ。当時の私には、いえ、今でも、それ以外の形容はできないですね。もちろん、彼女はただ、頭役の男の子に飛びかかるタイミングをはかっていただけなのだったろうけれど。
 頭の真正面にきたとき、彼女ははじけ飛ぶように動きました。この上なく、見事なタイミングだったと思いました。そして、やあっ、というような掛け声と共に、頭の腹に向かって短剣を突き出したのです。
 そう、この声ですよ。いくら彼女や私たちが真剣でも、保育園児の演技なんてちゃちなものですよ。だけど、彼女の声だけは本物でした。劇の後、見に来ていた母に感想を聞いたら、私を誉めてくれる前に、彼女の声がうまかった、と言ったのですから。私はふてくされましたけれどね。
 ――また、目がどうかしましたか? 汗のはずがありませんよね、寒いくらいに冷房が効いていますもの。泣いているのですか? それとも、右目のほくろが気になるのですか?

 どうして、モルジアナは盗賊たちを殺したのでしょうね?
 物語には、モルジアナは、アリババが小さいときから一緒にいる女奴隷だとしか書いてありませんでした。モルジアナがアリババに対してどんな感情を持っていたかは、はっきりとは示されていないのです。ただ、アリババをひどく尊敬していたということは――あなたには、はっきりとわかるでしょう。理屈でなく、感じられるでしょう?
 ――あなたは、モルジアナです。
 三〇年前にモルジアナを演じたから言うわけではありません。また、あなたが残虐な方法で人を殺したから言うわけでもありません。あなたが、誰かのために人を殺してしまえるほどに、その誰かを大切に大切に想っているから、そう言うのです。
 私だって、もしも本当に心の底から、自分のすべてを捧げられるほどに尊敬できる誰かができたら、その誰かのために人だって殺すかもしれない。私たちは誰でもモルジアナになり得るのです。
 ――ただ、怖いのですよ。
 ああ、これはもう独り言です。あなたの話ではありません。あなたは恐ろしい人です。あなたはそれを、夜の思想にとどめなければならなかったのです。
 『アリババと四〇人の盗賊』はひどい話だと、私は何度も言いましたよね? その最大の理由が、物語の最後に記されているのです。
 盗賊たちを殺した後、モルジアナはどうなったのか。
 彼女は、アリババの甥と結婚しました。一方アリババは、再び盗賊たちの岩穴に戻り、今度は彼らに見つかる心配をすることなく、小分けにして宝を持ち帰るようになりました。岩穴の扉を開ける呪文は、アリババの子々孫々に伝えられ、一族は地位も得て、永久に栄えました。
 それだけしか書いていないのです。
 モルジアナはどうなったのでしょう?
 彼女は、彼の甥と結婚することによってアリババの一族に入ったわけですから、ええ、よい生活をしたのかもしれません。一生を、幸せに終えたのかもしれません。
 でもそれは、お話だから許されることでしょう?
 彼女は、アリババに対する敬愛故に、盗賊とはいえ、三八人もの人間を殺しました。では、もしもモルジアナがアリババを尊敬できなくなってしまったら? あるいは、アリババに見捨てられたら? 彼女の犯した殺人はどうなるのです、彼女に住みついてしまった心の闇は? 彼女のしたことは、倫理的には絶対に許されないことなのです。彼女は自分のやったことを後悔せずにいられるでしょうか? そして、後悔したとして、彼女はどうなります?
 誰もが、モルジアナになり得ます。あなたのように。けれど、人と人とが関わる世の中では、モルジアナは生きていけないのですよ。
 いったい誰が――自分は絶対に大丈夫だと、言い切ることができますか?
(2003.06.16/2006.12.11改)

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