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モルジアナ 01
Morgiana -1-
――モルジアナ。そう、思い出しました、モルジアナですよ。
覚えていらっしゃいますか? ご存知ない? いえ、聞いたことはあるはずですよ。ほら、アラビアンナイトですよ。『アリババと四〇人の盗賊』。
私は、この話に思い出がありまして……もう三〇年近く前になりますかね、保育園に通っていたときに、これの劇をやったのですよ。え? ああ、私は踊り子の役でした。風呂敷を被って、遊戯室をくるくる回っている、そうですね、つまらない役です。
白状しますとね、あなたにこの話をするために、昨日の夜『アリババと四〇人の盗賊』を読み直したのですよ、図書館で借りてきてね。記憶が曖昧になっていましたから。年をとりましたね。
それにしても、ひどい話でした。
アラビアンナイトが語られた時代は、どうだったか知りません。しかし、私が見たところ、やはり、おかしな話ですよ。
まず、アリババがひどい。わかりますか、彼は、何もしていないも同然なのですよ。ただ運が良いだけの男で。
そう、アリババは運が良かった。運良く盗賊たちの岩穴を見つけた。運良く魔法の呪文を知った。運良く金貨を持ち出せて、盗賊に見つからなかった。そして、アラーの神のご加護だと言い訳する。盗人にも三分の理という言葉、そのまま当てはまりますよね。元が盗品とはいえ、正しいことではないのはわかるでしょう?
……はい? 昔から出世する人は運が強いものだ、と。ああ、そういうことも言えますけれどね……。
では、これはどうです? アリババは、少し問い詰められただけで、岩穴の場所を兄のカシムに教えてしまっているのですよ。彼が強欲だと理解していながら、あっさりと! 本当に兄のことを思うのならば、アリババは話すべきではなかったのです。人が良いと言うよりも、ただの莫迦じゃないですか。
――あら、口が悪くなってしまいましたね、ごめんなさい。だけど、本当に腹が立ったのです。
それで、カシムは岩穴に出かけていき、魔法の呪文を忘れてしまい、盗賊たちに斬り殺されます。
彼の妻がその後どうなったかは、覚えておられないでしょう? 私の出た劇でも、そんなシーンは省略されていましたしね。あのですね、なんと、夫の弟であるアリババの、第二の妻として迎えられたのですよ! まったく、アリババもカシムの妻もアリババの妻も、みんなおかしいですよ。これ、文化の差なのでしょうかね。
その後、アリババは盗賊たちに命を狙われだします。ここでもアリババは間抜けぶりを発揮しましたよ、ええ、ええ。盗賊の頭が変装した姿に、全く気がつかないのですから。少しは用心するものでしょうに。おかしいですよ、まったく。
そんなとんでもないアリババを助け続けた女――カシムの死体の始末からはじまり、最後には四〇人のうち三八人もの盗賊を殺した、アリババに仕える女奴隷の名が――
モルジアナ。
『アリババと四〇人の盗賊』の主人公は、アリババではなく、モルジアナなのではないかと、私は本気で思っているのですよ。
劇でも、モルジアナは、とてもしっかりした、かわいい子が演じていました。彼女は、右目の下に目立つほくろがあって、それがアラビアンナイトの雰囲気にあっていると思ったものです。――おや、どうかされましたか。汗? それは失礼しました、冷房をきかせましょう。
さて、私は、さっき言った通り踊り子の役でした。出番は、最後の方に少しあるだけ。セリフもなし。それだから、練習中は暇で暇で。だから、ずっとモルジアナの方を見ていました。彼女はとてもかっこよかったのです。
保育園児だから、演技は大したこともなかったのでしょうが、当時の私には、彼女があまりに真剣で怖いくらいでした。
おもしろかったシーンといえば――盗賊がアリババの家に目印を付けたのを見て、モルジアナが周りの家全部に印を付けていくところですね。モルジアナは頭の良い人ですし、彼女もまたそうでした。きっと似ているのですよ、二人は。
だけど、その次のシーンは。
あなたは、話の筋を覚えておられますか? ……あまりわからない? ええと、アリババの家をようやく突きとめた盗賊たちが、油商人に変装して、彼の家に侵入するのですよ。それまでに、盗賊たちのうち二人は、モルジアナの策略によって牢に入れられていましたから、残りは三八人ですね。盗賊の頭が商人になりすまし、残りは油壷の中に隠れていました。そして、アリババは商人の正体をまったく察することなく、彼と壷を家に招き入れてしまいます。
聡明なモルジアナは、油壷の中の盗賊たちに気がつきました。そして――別のところから油をくんできて、鍋にたっぷりと入れ、煮えたぎらせました。それをヤカンに移し――それから――盗賊たちが忍んでいる油壷に、一気に、注いだのです。
地獄絵図ですよ。さながら、地獄です。
頭から、熱い、熱い何かをかぶせられ、てんぷらになって死んでいったのですよ。わけがわからなかったでしょう、熱さも感じなかったでしょうね。辺りは、油と、焼けた肉のにおいに満ちて、熱い……
――――。
すみません、自分で話していたのに、気分が悪くなってしまいました。あなた、大丈夫でしたか? ――何も――ああ、そうですか――。
(2003.06.16/2006.12.11改)
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