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酔 03
a story of a drunk who is sobbing -3-

 それで、どうしたかって? あたし、お店を出てきちゃった。だって、あの後あそこにいたら、ウェイターさんが前菜だのメインだのデザートだの、持ってきちゃうでしょう。もしかしたら、そう、お酒だって出てくるかもしれない。あたし、今日はお酒飲む気にならない。もう一生飲まないかもね。だって、飲むたびにあの人のこと思い出しちゃうでしょう。
 あれ? じゃあ、あたしは今、素面なのかしら? そうねぇ、さっきの勘は正しかったのかもね、あたしは酔ってないって。それとも、酔って酔って一回りして、逆にしっかりしてるとか。あたし、しっかりしてる? うーん、お世辞にもしてはいないかもね。ほらほら、寄りかかってないと、一人じゃ立てないの。生きていくためにはね、寄りかかれるところが必要なのよ。じゃないと、足が疲れちゃうから。
 今は、今はさ、そう、何時間か経ってるから、ちょっとは落ち着いたのよ。わかるもん、あの人がどうしてああいう反応をとったのか。
 あたしの格好。
 パニエなんて、持ってはいたけれど、初めて使ったからね。どうしても、スカートふくらましてみたかったの。初めてのデートは、絶対ふわふわのスカートで行きたかったから。スカートもあたし好みの、つやのあるきれいな黒で、レースはまっ白なやつ。あのレース模様がまた、細かくて可愛いの。ブラウスも、慌てて探したんだから。スカートの黒がすっごくきれいだったから、同じような色を見つけるのは大変だった。でも、あちこち見て回ったかいがあって、リボンの手触りまで満足。あと、ヘッドドレスと。
 夢にまで見た服装だったの。この格好で外を歩きたかった、素敵な男の人の隣で歩きたかった。それが叶うと思った。でも、外に出る勇気はなかなか出なくて、だからこれは最高のチャンスだって、嬉しかった。
 だから、落ち込んだ。あの人は、きらめくような思想を持った、素晴らしい人。だから、あたしがどんなに奇抜な格好をしていても、もうスパンコールでも怪獣の気ぐるみでも何でも、認めてくれるって疑ってなかったから。だって、そういう大きな人だと思っていたの。あ、あ、これ、言ってて恥ずかしい。あたし、のぼせていたもん。のぼせていたってわかるのは、冷めてるからだよね。ああ、もう……。
 ねぇ、誰も氷を持ってきてくれないの。うん、あたしに氷を恵んでくれる人なんて、誰も、だあれもいないのね。あのね、もういいの。うん、あたし、十分に冷えた。冷え切った。
 世の中にはさぁ、男に捨てられて頭がおかしくなっちゃった女なんて、星屑のようにいるに違いないの。あたし、もうそんな話聞きたくない。そんな男、氷みたいにとけちゃえばいい。女を不幸にする男なんて、消えてしまえばいい。
 ああ、また涙が出てきた。
 本当……男なんて……大嫌い……。

          *

 夜の街を、二人の男が歩いている。二人は背広姿である。
 居酒屋と居酒屋の間に、水色のゴミバケツがおいてある。そこに人影がしだれかかっていた。二人の男は、その横を通り過ぎた。
「何ですか、あれ」
 若い男は、人影の横を通り過ぎてから、眉を寄せた。
「あんな格好して、ゴミ箱に話しかけて……莫迦みたいだ」
「そんなことを言うものじゃない」
 年長の男が、落ち着いた声でいさめる。
「だって、見ました? 今の奴」
「見たよ。おしゃれな服を着ていたね」
 若い男は信じられないというように目を大きく開く。
「ちゃんと、顔まで見て、そう言ってるんですか」
「君の言わんとするところはわかるよ。しかしね」
 穏やかな口調のまま、年長の男は続ける。
「あの姿が間違っているかどうかは、私たちにわかることではない。あの人のことはあの人にしかわからないし、あの人にもわからないのかもしれない。ただ、私は、あれはなかなか似合っていると思ったけれどね」
「まさかぁ」
 からかうように、若い男が応じる。年長の男は特に怒りもしない。
「君もいつか、わかるかもしれないよ」
 そう言われて、若い男は戸惑った。さっき見た人影が、急に気になって仕方がなくなった。
 若い男は、ほんの一瞬立ち止まり、人影を振り返った。
 ゴシックロリータに身を包んだ男が、ゴミ箱の横で泣いている。
 若い男は前に向き直り、先に歩いていた年長の男に追いつくべく足を速めた。そして首をかしげ、もう一度、「莫迦だ」と言った。
(2005.10.05/2006.11.11改)

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